これはディレクションというより、一般的なビジネス対応としては当たり前のことなのですが、当時の自分にとっては本当に追い込まれた状況であり、まさに「突破」した瞬間でした。
かなり昔の出来事で記憶も薄れていますが、当時はWEB系の会社ではなく、物販系の企業の企画部に在籍していました。それまでの私は、制作業界や肉体労働、あるいは細々としたフリーランス業をしており、「普通の会社の事務職」という経験がほとんどありませんでした。
そのため、毎日が新鮮で緊張の連続。
「会社に貢献したい」「功績を残したい」と焦りながらも、特に目立った成果がないまま入社から半年ほどが経過していた、そんな時期のことです。

そして――1本の電話が鳴りました。

全てはこの電話から始まった

その日もなんら変わらない1日で、入社して半年、特になにか担当案件があるわけでもなく、ECや社内企画、イベントを担当する部署で、たまに営業さんやPCの操作に弱い方々のサポートをしながら毎日を過ごしていました。
かなりうろ覚えですが、その日は春の陽光が降り注ぐ、うららかな晴れた日でした。11時くらいか、電話が鳴りました。同じ島には僕以外誰もおらず、僕が電話に出ました。半年経っているので、電話はそれなりに慣れてきています。
「はい、◯◯会社の◯◯です。ご要件はなんでしょうか」
的に元気に電話に出ました。するとお相手の方は、50代くらいの方でしょうか、丁寧かつ物腰柔らかく、自己紹介と要件を話されました。

「私、◯◯会社の代表の◯◯と申しまして、〇〇さん(役員)はお見えでしょうか?」
初めて聞く名前のお客様でした。どういった関係の方なんだろう?と思いつつ、役員に取り次ごうと役員室を見ます。
その役員さんは僕からは見えない場所+自室にみえることが多く、在籍しているかどうかがわかりません。

「◯◯ですか、社内にいるかどうか確認してまいりますが、ご要件も教えていただけますでしょうか?」
いるかどうかの確認だけでは意味がないですからね。営業電話も多かったため、ただ「確認します」とだけ伝えるのは避け、要件も確認しておくよう心がけていました。

「貴方はいつ入社された方?」
「半年ほど前ですが・・・」
「では、分からないと思いますので、ご説明いたしますね。実は、御社と当社でOEMにて共同開発した商品がありまして。
 その商品が今度、テレビの情報番組で紹介されることになったのですよ。それで、その商材をこちらで引き取らせていただこうと思いましての御電話です。」
という内容でした。

 

ちょっと怪しくないか?

こちらの会社に入社させて頂く直前に、クライアントと「言った」「言わない」で払い渋りのトラブルを味わっていたので、猜疑心が強くなっていました。
また、「引き取る?ウチの在庫品をなんで?在庫を売ってほしい、ではなく?」と少し不思議な感じはしましたが、もし大事なお客さんだったり、ビッグチャンスだったりしたら、僕のせいで大損になります。

「承りました。それでは、◯◯がいるか確認してまいりますので、少々お待ち下さい。」と伝え保留を押して、役員の部屋に向かい、役員に確認を取ります。
「◯◯会社の◯◯さんという方から、カクカクシカジカの件で御電話が・・・」と言いかけたところで、「外出で不在と伝えて」と言われてしまいました。
「え?」いるのに不在を伝えろと言われたことが初めてだったので面食らったのですが、役員がそのように言うのであれば、そのように伝えるしかない新入社員+下っ端です。

「◯◯は不在でして・・・改めて、後日お電話を・・・」と言いかけると、先方さんが
「今、名古屋に商談で来てまして、このまま御社に向かおうと思っています。御社の社長にもお会いしたいですし。テレビで紹介されるまで時間ないですし、早く商談したいんですよ。」

いや、ちょっと待てーい!
来たら役員が居留守使ったのバレるやんか。どうしよ、どうしよ、なんでアポなしで来るんだよ・・・。とりあえず、名古屋まで来てるのに追い返すわけにも行かないし・・・。

「わかりました。では、外出している◯◯に確認しますので、少々お待ち下さい」と、電話を切って、役員(もちろん社内にいる)に聞きます。
「突然すぎるし、来てもらうのはちょっと困るなぁ。外で会うように手配してもらえる?」と。

えー?まじで?いいのかなぁ、お客さん相手にその対応は・・・。
仕方ないので先程電話を切ったお客さんに電話します。

「すいません、わざわざ当社までご足労いただくのも申し訳ないですし、役員も社長も外出しておりますので、ひとまず担当の者(営業の誰か)を向かわせますので、14時に名古屋駅の◯◯で・・・」と伝えて電話を切りました。
一応、お客さんですけど、そんなに会いたくない、都合悪いなら、断ればいいんじゃないの?と思いつつ・・・。

 

え、そんな人なの・・・?

電話が終わりまして、まず、役員に報告します。
「◯◯という商品がテレビで紹介されるらしく、その商品を引き取りたい?ということで、今日、今、名古屋駅まで見えているそうです。先程指示ありました通り、こちら(会社)に来るのはお断りをして、ひとまず名古屋駅で営業の誰かと落ち合うような話になりました。そこで、当社からは誰に商談行っていただきましょうか・・・」と誰かが行く体で話したところ役員は「その時間は僕は打ち合わせあって行けないし、そのお客さんの担当の営業なんていないよ。」と言われ、ついで「貴方が約束したんだから、貴方が行って来たらいい」と言われました。

(えーっ!?なんで俺が?よく事情も分からないのに・・・)と思いつつ、「え、僕で大丈夫でしょうか?相手の方もよくわからないですし、経緯も分からないので、どういった方向に話を持っていけばいいかも分からないのですが・・・」と話したところ、簡単にですが経緯と相手のひととなりを教えていただけました。
・相手は詐欺師みたいな人間
・OEMで一緒に商品開発をしたら、あとから、これも金が必要、これにもお金がかかる、ここに支払うお金が必要とか、とにかく金に汚くて、かなり持っていかれた
とだけ教えられました。入社して半年の俺がなんでそんな人と交渉?商談してこなきゃいけないの・・・?と、頭の中は真っ白。

そして、ひとりでは何か間違いがあったときに責任が負えないし、なんとか助けてもらえないないか、と思い、日頃お世話になっている、「違う部署」だけど、「同じプロジェクト」に参加している先輩に声をかけ、一緒に行ってもらえないですか、と声をかけてみましたが、「なんで僕が?僕もよくわからないので無理です」とあっさり断られました。

これ以降、この先輩のことは信用しちゃいけない、責任を取るタイプじゃない、保身しかないわ、とわかりました。
また、少しでも相手の情報がほしいので色々と聞いてまわって、経理部長からも同じ内容で「金に汚い男でクチが上手い。すぐ契約を迫ってくるよ」と言われました。
これを聞いて、益々会うのが怖くなりました。

 

いざ、商談開始

名古屋駅に到着し、テキトーな喫茶店に入ってお話を伺いました。
そこから、会社で聞いていたことと同じで内容ではありましたが、開発の経緯を聞いて、早速、今日の本題に入りました。

要は自分が特許を持っている「OEM開発した商品」を「当社の在庫」から引き取って、自分が販売したい、とのこと。
なんでも、少し前に雑誌で紹介されて、それがきっかけでテレビの取材が入るようになって、最近、開発者としてインタビューを受けて、来月には放送される、とのこと。
そうすると、開発者側が持っている在庫だけでは足りないかもしれないから、御社の在庫にある商品を引き取りたいんだ、とのこと。
この段階になると、突然来訪した経緯や急に引き取りたいという意図も理解出来て少し話の全体像がわかるようになってきました。

ひとまず、お相手の話や要望を一旦全部聞こう、確認や質問はそれからだと思い、ずっと要望を聞いていました。
彼の要望を要約するとこんな感じ。
 ①一度に全在庫を買うわけではない。必要な分を連絡するから都度送ってほしい。
 ②私に送るのではなく、私が伝えるお客さんの住所に送ってほしい。
 ③出荷の際の検品は御社でやってほしい。
 ④仕入れ値(相手のね)は売値の0.4~0.5で。これは以前に◯◯(役員)さんとお話していて、決まっていることですので。

少しズレはあるかもしれませんが、大体こんな感じのお話をされました。
そして、各条件に対して、それぞれ下記のように、疑いや判断が出来ない部分の話が出たぞ?と思いました。
 ①まず、在庫を一掃ですべて買うわけじゃないんかい。だったらボリュームディスカウントも無理だし、なんか話が違うぞ?
 ②貴方に送るわけじゃないってことは、こっちで都度、エンドユーザーに送るってことは発送処理から発送費用から、こっちで全部負担しろって言いたいのか?。
 ③更に検品もするの?そんなの社員何人かでやらないとダメじゃん。そこに人件費かかるじゃん(ここはフリーランサー出身だけに人が動く何かしらの作業には費用発生する、という考えはあった)
 ④本当にそんな話したの? その商品の売価はわかるけど、仕入れ値は知らないな・・・でも、そんな安いわけないだろう・・・。怪しい。

ひとまず、話と要件を聞いたので、「わかりました。では帰って◯◯と話をしてみますね」と帰ろうとしたところ、
「いえ、この場で決めてもらわないと、もう時間がありません。」とその場で決断を迫られました。
(え、今、この場で?そんなの無理に決まってんじゃん、こんなの勝手に決めたら怒られちゃうよ。)「え、いや、僕では決められないですよ・・・」とお伝えしても
「こちらも仕事で遠い名古屋まで来ていますんで、何も返答なしでは帰れないですよ」と言われてしまい、何か回答を出さないといけなくなってしまった。
(勝手に来たクセになんて言い草だよ・・・)

 

突破:なぜ、そういう言動をするのか、背景を読む

席を離れられなくなり、致し方なく何かしらの答えを出すために、再度条件をしっかりと考えてみる・・・。ふと頭に浮かんだのは、「孫子の兵法書」の「行軍篇・布陣」の一コマ。
これだけ強気に話をしてくる、契約を迫ってくるということは、実はこの人もう「在庫がない」のでは・・・?と気が付きました。
取材を受けた=放映日も決まっていて、どのくらいかの扱いもなんとなくわかっている=それだけ受注が見込める=でもおそらく雑誌の時の反響で在庫をほぼ使い切ったのでは?
→だから、こちらが持っている商品が欲しくて仕方なく、これだけ強引に契約を迫っているんじゃないか?と。



ということは・・・俺はこの場で無理に答えを出す必要はないし、向こうの条件を完全無条件で呑む必要もない。交渉のイニシアチブを握ってるのはこっちだな、ということがわかり、気持ちに余裕が出ました。

「御社のご要望はわかりました。こちらとしても商品が売れるのはいいことですので、商品をお売りするのは問題ないかと思います。が、こちらとしても確認事項というか、条件があります。」
「まず、まとめて大きな箱で一箇所に送るわけではないということは、それぞれに送料かかりますよね。その送料は発送の都度、ご請求させていただくことになると思います。また、発送の際に電池や稼働の検品のチェックも、とのことですが、社員何人かで検品いたしますので、当然、そこには人件費がかかります。その人件費もご請求、という形になると思います。」
「最後に仕入れ値に関してですが、以前、お約束されたとのことですが、これは確認を取りたいです。とはいえ、「持ち帰り」では御社も納得いかないでしょうし、でも、こちらとしましても入社したばかりで、決裁権というものが何もありません。いいお話かとは思います。僕個人としては、ここでお返事をさせていただきたいですが、入社半年の新入社員ですからね、僕の言葉には何の重みもないし、約束も出来ないです。」
Yes/But話法ですね。一旦認めておいて、「しかし」で返す。これで相手も溜飲は下がります。

「そこで代替案というわけではないですが、僕が今、これから役員に電話して、役員と繋がったら仕入れ値の確認を取りますが、もし繋がらなかったら、会社に戻ってからのお返事でいいでしょうか?」と提案し、席を離れて電話をかけにいくフリをしました。当然、実際に電話なんかしません。役員は打ち合わせ中ってわかってますから。電話かけるフリして繋がらなかった感じで席に戻り「電話、繋がらなかったです。大変申し訳ありませんが、持ち帰って、見積書にて提出させていただいていいでしょうか」と伝えると、先方もさすがに疲れてきたのか「わかりました。仕方ないですね。必ずお返事くださいますようお願いします」とだけ言って、その日は別れました(実はここまでで2~3時間経ってた)。

 

会社戻って、仕入れ値を調べたら・・・

会社に戻り顛末や言われた内容を役員に報告したところ、
「貴方は凄いね。詐欺師からお金を回収する話にしたんだ」と大ウケw(いや、割としんどかったですが・・・)

さて、ここで重要な仕入れ値の値段の確認。原価割ってましたね。危ない危ない。口車に乗ってOKしてたら、口頭の契約だからあとでね、多少はひっくり返せるけど、こちらが不利になっていたところでした。
結果、送料や検品の時間も調べて時給換算して、それで1個あたりの単価を出して、見積書を作成して提出したところ、最終的に0.8~0.85掛けくらいで販売することになり、こちらも利益が出るし、向こうも利益が出るし(こっちは倉庫代、管理費、検品代、梱包の資材代、送料、全部かかるんだもん。そのくらいないと割に合わない)という状態に。
先方さん、見積書送ったら、それでもすんなりOKが出しましたね。向こうもここでゴネて、「商品が手に入らない」で販売機会を逃したくないだろうし。
もし、交渉が折り合わず、買い取ってもらえなかったとしても、こちらとしてはテレビで放映される日を聞いていたので、こちらはこちらで定価販売を自社ECで直販展開も出来るしって感じで、どうってことはありません。

 

まとめ

普通、ビジネスの交渉や商談の場において、分からないこと、分からないものをその場で決めてくることなんて危ないからしません。
(当たり前のことなんで、今回は「突破」というほどではないのかもしれないですが)
このときはまだ勝手が分からない状況と、先方からの「こういう話だった」というカマかけによって、何が正解なのか分からない状況に追い込まれたわけですが。

ただね、よーく考えてみるというか、そもそも論で考えて、
・遠方からの訪問でアポ無しの時点であり得ない
・アポ無しで事前に状況の説明もなく、当日に答え(契約)を迫る
・過去にこういった話だった、が全て口頭であり、証拠が残ってない
・相手への送料、手数料などの諸経費を全く見込んでない口調での座組の提案
・自分だけが得をする、何もしないという状況を作り出しているご都合思考

という言動ってもう怪しいでしょ。商談する上で相手への気遣いがなさすぎで警戒するの当たり前だよ。

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